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2009年6月26日金曜日

パートタイム失業制度延長、ただし、条件を厳しく

 一昨日に社会事象・労働省のドナー大臣が、パートタイム失業制度の資金使用終了による停止発表(http://hollandvannaoko.blogspot.com/2009/06/blog-post_23.html)は、かなりの動揺を呼んだようだ。すぐさま、労使双方から継続の声が聞こえ、ドナー大臣もこれに応じて、小予算からさらに資金をねん出することを決め、早くも、第2院(衆議院)での国会討議が行われた。わずか2日の間の出来事だ。
 この間、労使間交渉にかかわる労働法人の調査が発表され、「パートタイム失業制度がなかったら、完全解雇にせざるを得なかったという会社が多いこと、また、部分雇用であれ、雇用が続けば、所得税の納入が続くので、国庫収入の一部を負担し続けることにもなる」という理由が出され、制度の継続への強い希望が示された。
 
 今回の危機では、製造業、鉄鋼・金属関係やテクノロジー部門の企業が大きな痛手を受けている。中には、売り上げが一気に70%減となった企業もあり、このパートタイム失業制度がなかったら、熟練の専門職者を失う上、到底危機を乗り越えられなかったと言う企業もある。

 国会では、与野党相互から、延長支持の声が圧倒的に強かったようだ。ただし、わずか3カ月余りで資金が底をついてしまった、という事態に対しては批判の声もある。「パートタイム失業制度」を申請する企業に対して、基本的に、健全な経営状態にあることを条件とした、厳しい規則を設けるべきだ、との声だ。こうした議論に基づき、政府は、近日中に、労使とともに、同制度適用の条件を話し合うことになっているという。

 OECDは、経済回復基調が確実になるまで、政府による経済活性のための資金注入はやめるべきではない、という。欧州連合の加盟国は、お互いの足並みをそろえて回復基調に戻っていかなければならない、という事情もある。
 けれども、いまのところ、まだ、安心には程遠いようだ。2010年の失業率は倍になる予定だし、財政赤字は、毎日1億ユーロずつ増えていくという。

 そんな中で、経済学者の中には、不況は、劣悪経営企業の淘汰なのだから、要らぬてこ入れはすべきではない、という意見もなくはない。しかし、全体の傾向を見ているとこういう声は小さく、やはり、オランダの場合は、企業優先というよりも、労働者の保護に非常に厚い国である、と思う。


 

2009年6月24日水曜日

犯罪者の社会復帰

 よく訪ねるイエナプランの小学校に、最近またある視察団とともに訪れた。
 イエナプラン校は、何度も訪ねているのだが、いってみるたびに新しい発見がある。

 いつものように、この日、訪問者とともに職員ホールに通され。若い女の校長先生が、いつものように学校の概要を説明してくれた。そして、それから、彼女は、ちょっとほほ笑んで私の方に目配せをし、
「それから、今日は、実を言うと、今、学校に特別のゲストを迎えているんです。もうすぐ卒業して中学校に進学する最上級生のこどもたちが今そのゲストを囲んでサークルで話し合いをしています。そのゲストというのは、実は、刑事犯罪を犯した前科のある人で、TBSクリニックから社会復帰訓練で出てきている人なんです。ちょうど、今子どもたちはワールドオリエンテーションで全校一緒に『法律』をテーマに学んでいるところなので、いつものようにホンモノの勉強をするために、こうしてゲストとして招いて、子どもたちと話をしてもらっているんです。」

 TBSクリニックにいる患者というのは、相当の凶悪犯罪者のはずだ。刑の比較的軽いオランダでも、少なくとも四年間の留置刑が科された犯罪に対して、犯罪を犯した時期に、精神的に異常であったことが証明され、そのために、服役能力がないと考えられると裁判官が認める人が収容される。
 回復の見込みがない精神異常である場合も多く、収容される患者のおよそ六割以上は治療を受けながら一生クリニックで過ごすらしい。クリニックとはいっても、厚生省下の施設ではなく、法務省管轄下にあって、法務省予算で賄われている施設だ。全国に現在10か所ある。

 TBSクリニックに収容されている犯罪を犯した患者たちは、薬剤投下によって精神異常が抑制され、二年ごとに回復状態を審査される。基本的には、再犯の危険がなくなっているかどうかの審査だ。

 回復が順調に進み、普通に過ごせすようになると、はじめはクリニック周辺を歩くことから始め、徐々に社会復帰の訓練が行われる。犯罪者の社会復帰には、社会も責任を持つもの、という考えがあるのだという。

 ただ、不運なことに、これまで、社会復帰訓練中の患者が、付添い人の見ていない間に逃亡して再犯が起きたことも何回かある。全数に対する比率は少ないものの、当然、社会は敏感に反応するし、厳重な監督が必要にもなる。

 それでも、厳しい監督下で動くだけであれば、復帰訓練にはならない。そこで、最近は、足首にデータをチップで埋め込んだ輪のようなものをつけて、行動や居場所がすぐにわかるようにしているらしい。

 さて、この日、イエナプラン小学校に来ていた、というのは、そういう、凶悪犯罪を犯した精神異常の患者だった。ホールに二〇人ばかりの子どもたちと一緒に、輪になって座り、子どもたちの質問を受けていた。隣には、とても力持ちとは思えない、優しそうな女性が、付き添いで同行してきていた。その様子を、校長先生もほかの先生も監視しているわけではない。いつものように、それぞれのしごとをやっているだけだ。他のクラスの子どもも、いつものように、自分の授業計画に従って、自由に学校の中を動き回っている。
 一〇数人の日本からの訪問者を同行していた私も、取り立てて、じろじろ見たり、近くに行ってみるのもどうかと思い、話をしている子どもたちのそばを通り過ぎる時にちらっと様子を見ただけだった。

 しかし、後になって思い返してみても、どう考えてみても、あれは、ものすごいことだった、と思えるのだ。いったい、日本のどんな学校が、こうして、凶悪犯罪を犯した精神患者の社会復帰中に、学校に呼んで、子どもたちと間近に触れさせて話をさせたりするだろう?

 無論、こういう学校は、オランダでも例外的なのだろう、と思う。それにしてもだ、この学校に子供を通わせている親たちは、こういうことがあっても苦情を言わないらしい。それが証拠に、これは、今回が初めてではない、という。
 オランダには、犯罪者の社会復帰を助けるためのNPO団体があって、こういうTBSクリニックの復帰訓練中の患者や、前科のある元犯罪者の中から希望者を登録して、学校の授業の中で、子どもたちと交流させる活動をしている団体があるという。

 罪は憎んでも人は憎まず、ということを、建前ではなく本音で子どもたちに教えようとしている人たちがいるということだ。

 オランダという国は、つくづく、市民社会の究極の目標はなんなのか、人はどういう方向を向かっていれば市民社会の理想に近づけるのか、を思い出させてくれる国だ。

2009年6月23日火曜日

パートタイム失業制度の効果とオランダ経済の見通し

 前々回4月22日に報告した「パートタイム失業制度」の効果についての報告が出た。
 
 「パートタイム失業制度」は、金融危機による不況下の失業対策として4月1日から施行されているもの。被雇用者の完全失業を回避し、経済回復後に熟練労働者を早く動員できるための策で、雇用者は、現在雇用している社員の就業時間を最大6ヵ月間、最大50%減らして、この間、給与の支給を半分にし、その失業部分については、国が、通常の失業手当と同じように70%の手当を支給する、というものだ。つまり、労働者側は、この制度によって、完全失業を避けることができ、給与減も最大15%で済む。

 この「パートタイム失業制度」は、非常に人気があったらしい。
 この18日に中央統計局(CBS)が出した報告によると、5月の失業者数は8000人にとどまり、4月の2万人に比べて上昇率がぐっと抑制された。この失業抑制は、明らかに、「パートタイム失業制度」の適用の効果であるという。現在、この制度の施行から3カ月目になるが、適用ケースは1万人以上あるという。

 その前々日16日に発表された経済分析局(CPB)の予測では、2010年の予算赤字は6.7%と記録的な大きさになり、また、失業は現在の4.6%を倍増して73万人、9.5%に膨らむ見込みだという。この計算だと、今後、月当たり2万5千人ずつのテンポで失業が進むということであるから、5月の8000人は、確かに非常に少ない。
 
 労働組合側にも、企業側にも歓迎されたこの制度だが、政府の資金がそろそろ底をついてきているらしい。今年の国際通商は15%以上減少の見込みで、オランダの輸出は17.25%減、輸入は14%減とのこと。最も大きな打撃は、すでに過去のものと見られているが、国家経済がフォワーディング業を始め商取引に経済基盤を持つオランダでは、諸外国の経済回復の見通しが立たなければ、自国の経済の見通しも立ちにくい。
 CPBの発表後、財務大臣は、長期の不況に備えた対策が必要であるとしている。

 現に、今朝の報道では、「パートタイム失業制度」の担当省である社会事象・労働省のドナー大臣は、この制度のために準備されていた3億7500万ユーロの追加資金はすでに使い果たされた、と発表。この制度適用は、今日23日付の申請までしか受け付けられないと決まった。
 労働組合や企業側には、制度無期限延長の強い要望があり、そのための資金をどうすべきかが来週国会で討議される予定だ。
 被雇用者の失業よりも、個人自営業主の収入減が激しいとの報告もある。

 言うまでもなく、この制度がここで中断となれば、次に来るのは、完全失業者の増大だ。そうなれば、政府の失業手当負担も増える。また、夏以降は、新卒者の就職難による失業者急増も予測されている。


 何らかの手が打たれることになろうとは予想されるが、国庫赤字が先に見えている状態では、資金捻出が困難を極めることであろう。経済不況をどう乗り切るか、いよいよ正念場となってきたようだ。

 

2009年6月5日金曜日

移民排斥派と親ヨーロッパ派の分極明確:EU議会選挙

 昨日5日、27カ国の先頭を切って、オランダとイギリスで、ヨーロッパ議会選挙が行われた。2004年以来5年ぶりの選挙の結果を、5億人弱の住民がいて3億7千500万人の投票が予想されるヨーロッパと世界のひとびとが見守っている。

 オランダでの選挙は、736議席中25議席の分配をめぐって行われる。即日開票されたオランダでの選挙結果は、第1党は、キリスト教民主連盟(CDA)で、以前と変わりはなかったものの、得票数は減り、現在の7議席から5議席へと後退した。最も注目されたのは、へールト・ウィルダーズ率いる自由党(PVV)だ。この政党は、もともと自由民主党(VVD)にいたウィルダーズ氏が、独立して作った政党だ。2007年の第2院(衆議院)選挙では、150議席の中でいきなり9議席を獲得。この時も衆目を引いたが、今回は、それにも増す電撃的なショックを国内に広げている。
 というのも、このPVVは、非常に国粋性の高い政党だからだ。ヨーロッパ連合に関しては最も懐疑的、特に、イスラム教徒の国内流入に対して、最も排斥的な立場を示してはばからない。
 ウィルダーズ自身、反イスラムの挑発的な映画を作り、コーランを禁書とすべきだというなど、ボディガードなしでは路上を歩くことができないほど、激しい排斥を繰り返している。
 ヨーロッパには、特に、移民人口の多い国ほど、こういう、反イスラム感情が現在高まっている。
 そんな中で、ウィルダーズも、他国の、反イスラム勢力には、ひそかな支援があるようだ。だが、国会で自作の反イスラム映画を見せるという目的でイギリスに飛んだ時、イギリス政府は、空港で入国を拒否して、一幕を醸したことがあった。ヨーロッパ連合内では、現在、一般市民の国境通過にはほとんど検査がない。それなのに、国会議員でもあるウィルダーズが、イギリス政府から正式に入獄拒否を受けた時には、オランダでも、少々の議論が展開された。

 いずれにしても、そういう、極めて「国粋主義的な」PVVが、今回のヨーロッパ議会選挙で、なんと、4議席、得票数にして、全体の16.9%(開票率92.2%現在)を占めたのだから、驚かないわけにはいかない。

 CNNはじめ、諸外国のニュースでも、「国粋派極右PVVの勝利」と報じられた。

 他方、現政権を構成しているキリスト教民主連盟(CDA)、労働党(PvdA)、キリスト教連合(CU)は、得票率が極めて低かった。特にCDAは2議席、PvdAは7議席から4議席失って、半分以下の3議席だ。金融危機の先行きが見えない現在、政権として明らかな経済施策が打ち出せない状態が、支持者を失っている原因なのかもしれない。

 もっとも、PVVのような、国粋主義・ヨーロッパ連合懐疑派の躍進の反面、民主66党(D66)、グリーン左派党(GL)、社会党(SP)など、中道から左よりの親ヨーロッパ派の革新的な政党も票を伸ばしている。これらの政党の得票を合わせれば、8議席で、PVVの4議席に対しては倍の得票だ。
 金融危機で、人々が、自分の身の回りの安定を求める傾向が予想される中、親ヨーロッパの革新政党が、5年前よりも躍進したことについては、彼らの間で、満足の声が聞かれている。

 早い話が、どうやら、今回のオランダの選挙から結論できるのは、オランダ社会が、極右と革新の両方に分極してきているらしい、ということだ。ニュアンスを含んだ中道的な議論をした現政権内の与党各党が、いずれも票を下げたことからもこれは明らかだ。特にハーグやロッテルダムなどの都市部で、両方の支持が強いのが気になる。


 もっとも、投票率が極めて低いことは注意しておくべきだ。今回の投票率は、36.5%で、前回の39%をさらに下回る。もともと、ヨーロッパ議会選挙は、一般に、国内選挙に比べると関心が低い。5年前のヨーロッパ議会選挙の、域内全体の投票率は44%にとどまったことでもそれは明らかだ。オランダの場合、第2院(衆議院)選挙の投票率は、毎回80%に達するので、これと比べてみても、オランダの人々のヨーロッパに対する関心が低いことが知られる。

 ヨーロッパ連合はもともと、各国の民主体制の維持の上に成り立ったものだ。地方分権が前提といってもいい。だから、ヨーロッパへの関心が低いことは致し方ない面はある。
 しかし、オバマが国際協調に乗り出し、また、金融危機対策においても経済ブロックとして足並みをそろえた動きをすることが望まれている現在、ヨーロッパ連合に対する関心の低さを危ぶむエリート層の声は強い。もともと、ヨーロッパ連合は「エリートたちの理想主義だ」という感覚でとらえられている面も少なくない。

 そういうわけなので、今回のヨーロッパ議会選挙の結果が、果たして、国内政治の議論に対して、どれほど有効性を持っているかについては、疑問が多い。にもかかわらず、ヘールト・ウィルダーズは、「今回の選挙結果は、国内の人々が、現(オランダ)政権に不満を持っていることのあかしだ」と鼻息が荒い。無論、与党各党、また、親ヨーロッパの革新各党も、国内政治の議題とヨーロッパ議会の議題とでは、問題の質が違う、と取り合わないが、、、。
(ウィルダーズの言質言動を見ていると、ユーモアがほとんどなく、討論相手の話を聞いている様子も見られない。どうして、極右はというのは、こうもユーモアのない連中なのだろう。)

 問題は、そもそも、ヨーロッパ懐疑派のPVVがどこまでヨーロッパに影響を与えられるか、だ。
 なにしろヨーロッパ議会には、736議席もの議席がある。既存政党は、したがって、ヨーロッパレベルでは、各国の政党が集まって、ヨーロッパの政党を構成して協働することになっている。(そのため、オランダのキリスト教民主連盟は、労働党と連立するほど、かなり中道性、左翼との歩み寄りの性格が高いにもかかわらず、ヨーロッパ議会では、イタリアのベルロスコー二率いるかなり右翼性の高い政党と協働することが、支持者を躊躇させる原因にもなっていたとの見方もある。)
 当然、27カ国の代表者と協働しなければ、ヨーロッパ議会での議論には決着がつかないのが当然だ。

 しかし、PVVは、反ヨーロッパ主義の政党として、独立無所属の議員として参加するという。果たして、736議席もの中で、わずか4議席の代表が、全体の動きに対してどれほどの影響を与えられるかは疑問視される。

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 さて、選挙は、これから、今週末にかけて、27カ国すべてで実施されるが、興味深いのは、イギリスがまだ開票結果を報告していないことだ。ヨーロッパ連合の姿勢としては、最終開票日まで、結果を報告しないことを望ましい、としているらしい。先に行われた選挙結果が、他国での選挙に影響を与えないため、という。イギリスは、この姿勢を受け、日曜日まで、開票結果報告をしない。
 しかし、何事も「オープン性」を優先するオランダだ。事実は事実としてありのままに、という精神か、昨日の選挙は、投票時間終了とともに、すぐに、即時速報が開始された。
 こういうあたり、各国の政治姿勢にも、ヨーロッパ連合の面白さはある。

 今日は、アイルランドとチェコで投票が行われる。
 日曜日夜には、27カ国の開票速報が始まることだろう。

 金融危機の中で、果たして、ヨーロッパの人々は、どんな意思表示をするのか、、、
 PVVのような、国粋主義的なヨーロッパ懐疑派の動きは各国に存在する。特に、フランス、ドイツ、デンマークなど、これまで、移民労働者の受け入れにどちらかというと寛容だった国で、その反動が見え始め、社会不安が高まっている。高齢化社会に加えて、経済危機が、低所得者層を追い詰め、移民排斥に向かわせている。
 しかし、同時に、国際協調の時代、しかも、オバマ大統領は、昨日カイロで、イスラム教徒との友好関係を表明したばかりだ。そちらの支持に票が動く可能性も非常に高い。