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2010年1月15日金曜日

ヨーロッパの中のオランダ:最大多数の最大幸福に高い税は欠かせない?? (その3)

 さて、CPBの調査結果を全体として眺めてみると、報告書それ自身が結論付けているように、オランダの『文明度』は、スカンジナビアモデルと大陸モデルとの中間、場合によっては、最も高いスカンジナビアモデルを上回る好成績を示していた。

 初めの問題提議にある、『課税圧力は高い文明の実現に必要か』という問いに関して言えば、スカンジナビアの成績をみると、明らかに肯定的な答えを引き出さざるを得ない、ということになる。しかも、経済繁栄の面でも、スカンジナビア諸国はアングロサクソンモデルの国に大きく遅れておらず、ならば、課税が高くても、繁栄ありで、幸福度も高いではないか、ということが言える。

 興味深いのは、課税圧力の点では39%と、スカンジナビアモデル平均の46%に比べても、また、周辺の大陸モデル平均の42%に比べても低いオランダが、経済繁栄や幸福度の点で、スカンジナビアにも遜色ない結果を達成していることだ。

 その秘密は何なのだろう。

 これは、私の勘で、仮説にすぎないが、たぶん、オランダ人特有の節約観によるものではないか、と思う。平たく言えば、けちで有名なオランダ人は、無駄を出さない、とでも言えばいいのだろうか。

 たとえば、日本でもよく知られたワークシェアリング。こちらでは、パートタイム就業の正規化、といった方が分かりやすいが、これなどは、考えようによっては、無駄のない雇用形式だ、と言っていいのではないか。

 多くの労働を必要としない職に対して、フルタイムの職を用意する必要はない。資格や経験のある能力のある人材を、必要な時間だけパートタイムで雇い、正規のフルタイム雇用と同じ安定した保証をすることで、無駄な時間が生まれにくい就業形式が作り出される。
 他方、子育てなど、家庭にも時間を割きたいライフステージにある若い労働者たちは、育児や家事をする以外の余った時間をパートタイム就業でカネを稼ぎながら埋められる。ついでに、子どもたちは、両親共々フルタイムの両親にほったらかしにされる必要もなく、ほどほどに、親の関心と保護の中で成長できる。

 一挙両得どころか、三得も四得もありそうな、働き方であり生き方だ。
 経済効率の高さ、子どもたちの幸福度の高さなどには、こういう、節約的な制度を生んできたオランダの賢さが反映しているといえないか。

 女性たちの労働への進出度が低いことについては、オランダ国内でもしばしば議論されている。
 
 しかし、労働市場への進出、産業社会の中での活躍だけが、本当に女性の解放のあかしなのだろうか、と私は疑問に思う。
 高い能力は、労働でも有効だが、子育てにも欠かせない。市民運動といった余暇を利用した社会参加でも有効だ。女性に限らず、人々が、働いてカネを稼ぐという活動のほかに、家事や子育て、市民運動にバランスよくかかわることは、むしろ、新しい時代の生き方といってもいいくらいだ。

 技術革新の発展のおかげで、家庭にいながら行えるテレワークの可能性も増えてきた。人間がかかわらずとも、機械(ロボット)を使ってやれる生産技術も、日々向上している。少ない人的能力で、十分な生産が可能であるのなら、それに越したことはない。人間の作業がかかわらない生産様式は、今後飛躍的に増えていくだろう。そこで生み出される利潤を、大企業だけが享受するのはおかしい。
 休暇がたっぷりとれるオランダ人の生産効率が、スカンジナビアモデルの国はもとより、どの国に比べても、圧倒的に高いことは有名だ。休むことは、生活を保障するだけの金銭の受領を阻む理由であってはならない、と考えられる時代は、もうすぐ目の前まで来ている。うまくやれば、高齢化社会や少子化を無条件に危ぶむ必要はないのかもしれない。少なくとも、一国の少子化を考えるのではなく、世界全体の人口圧力を大きく解決する道を、国境を越えて考える時代だ。


 オランダ人の生き方は、人と人とのかかわり方が、世界に共通の課題をみんなで考えなくてはならない時代に、未来の人々の労働の仕方、ライフ・ワーク・バランス、ワーク以外の部分についての生についての意味付け、の仕方を考えさせてくれる。

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 同時に、ありすぎる余暇をよりよく使いきれないオランダ人も多いのかもしれない。労働という紐帯によって、組織で共に働くという考えから解放されすぎてしまい、行き過ぎた個人主義が利己主義になってしまっている例もオランダには多い。なおのこと、社会参加を促す制度作りが重要だ。NPO団体やボランティアは、公的資金を使って常勤職員を雇ってでも活性化していくべきではないのか。

 短所や問題点をも含め、オランダは、生産一本やりの産業社会型世界が、環境問題という地球規模の障壁の前でスローダウンさせられている中、考えさせてくれる選択肢や課題をたくさん提供してくれるように見えるのだが、、、。

ヨーロッパの中のオランダ:最大多数の最大幸福に高い税は欠かせない?? (その2)

前回からの続きだ。

経済的繁栄

 冒頭に、『課税圧力は、高い福祉に不可欠なのか』『福祉は、繁栄を犠牲にするものか』『相対的に高い福祉と相対的に高い経済的繁栄とは、持続的に両立できるか』という問題を提議したこの報告書。とりわけ、グロバリゼーションで、世界中が経済競争の中に突入し、しかも、金融危機でいたい打撃を受けた後とあっては、だれにとっても一番関心があるのは、この経済的繁栄の部分かもしれない。

 結論から言うと、繁栄度は、一人当たり国民総生産についてみる限り、アングロサクソンモデルの国が最も高いが、スカンジナビア諸国もほぼそれに変わらないレベルにあり、オランダは、比較的低い大陸モデルや地中海モデルの国よりもずっと高いレベルを達成していた。
 つまり、税金の圧力が高いスカンジナビアモデルの国々は、税金圧力が低く、したがって、公共政策や幸福度などの福祉面にに明らかな遅れがみられるアングロサクソンモデルの国に比べて、決して、経済繁栄の面で劣っていない、ということだ。

 オランダに限って言えば、就業参加率(就業人口に対する就業者の率)がどのモデルよりも高い76.1%を達成していたこと、中でも、この就業者の中に占めるパートタイム就業者の率が、ずば抜けて高かったことが注目される。
 とはいえ、パートタイム就業を正規雇用化しているオランダについて、この点は、広く知られてきた事実でもある。
 失業率に至っては、これまた、オランダは、全体として最も低いグループであるスカンジナビアの4.6%(平均)に比べても、2.8%と最も低い。この値は、2008年の金融危機以前のものではあるが、それから1年後の2009年代4四半期の失業率は、前にも報告した通り3.6%(OECD基準)で、世界のどの国に比べても低かった。
 さらに、労働生産性に至っては、オランダは実に顕著な結果を示している。時間当たりの国民総生産は、スカンジナビアモデル35.0、大陸モデル35.2、地中海モデル24.5、アングロサクソンモデル35.4であるのに対し、オランダは、38.0と抜きんでている。これを年収に換算するならば、オランダ人の場合、スカンジナビア諸国の人々と比べ、年間、200時間短い時間で同じ給与を受けているという計算になるという。(アメリカよりも400時間短い)

 気になるのは、女性の就業形態だ。パートタイム就業が高率を占めるオランダでは、スカンジナビアモデルや周辺の大陸モデルの国に比べて、女性がフルタイムで働く率は低く、いわゆる『女性解放度』日本でいわれる「男女平等参画」の度合いは低い。また、管理職に占める女性の割合も、相対的に低い。
 これは、女性が、今でも、家庭の中で主導的な役割を占めていること、就学前の子育てにおいて、保育所などの施設に依存する割合が低く、そこに支出されている公共資金が低いことなどとも呼応する。
 果たして、その傾向が、良いことなのか、悪いことなのか、の判断については、次項であらためて考察してみたい。

社会的結合度

 さてそれでは、各国の社会的結合の度合いはどうか。社会的結合度は、人々の生活の豊かさの基準でもある。結合が高いということは、人々に社会に対する関心と参加意識が高く、したがって、満足度や社会の成り行きに対して影響を与えられるという気分が高い、といえるだろう。結合度の高い社会は、より多くの市民を関与させた政策決定ができるという意味で、政策に持続性や耐性が生まれ、安定度が高まる。

 社会の他の成員に対する信頼という点で、スカンジナビアモデルの平均は67.0と、大陸モデルの27.8、地中海モデルの24.6、アングロサクソンモデルの30.5に比べて非常に高かった。オランダは、45.0とスカンジナビアにははるかに及ばないものの、他の地域に比べれば好成績だ。
 同法に対する協力活動としてのフィランソロピーへの参加は、アングロサクソンモデルが最も高い(寄付72.6%、ボランティア31.9%)が、オランダは、さらにそれを上回り、世界一だ(寄付74.9%、ボランティア37.1%。

 ウェルビーング、良好な状態、とでも訳すこの言葉は、砕いていえば、幸福度・満足度と訳せると思う。欧米諸国が、物質主義社会から、非物質主義社会への移行を果たした70年代以降、ずっと行われてきている調査がある。物質主義の時代は、人々は、『生存』が生と労働の目的だった。しかし、一定程度の物質に満たされ、経済的な安定が確保された後、人々は、『より良いあり方、生き方』を求め、心の豊かさを求める価値観を持つようになった。ポスト・マテリアリズムとはこのことを言っている。ポスト・モダニズム(脱近代主義)とは異なり、もっと狭いものだ。
 オランダは、ウェルビーングの点でも、スカンジナビア諸国とともに相対的に高いレベルのグループにいつも入れられてきた。ウェルビーングの判断は、主観的なものが多く、プロテスタンティズムとの関連も指摘されている。
 さて、CPBの調査では、経済的安定性、労働に対する満足度、生活に対する満足度、幸福感、自由感のいずれにおいても、オランダは、最も高いスカンジナビア諸国に続く位置を占めた。大陸モデル、地中海モデル、アングロサクソンモデルに対しては、全体として水をあけている。(自由感についてのみ、自由市場原理のアングロサクソンモデルがオランダよりも高い位置を占めている)

 そのほか、不正(汚職)の少なさ、犯罪への不安、自殺率、などでもオランダは好成績だ。
 なぜか、10万人当たりの殺人率がスカンジナビアは大きく、拘留者の比率がオランダは高い。

 文明生活の先進性を測る一つの尺度として、国連開発計画(UNDP)が毎年公表しているHDI (Human Development Index)というものがある。経済指標のほか、教育の程度、健康生活の程度、などが考慮される。それによると、オランダは、世界で第6位、スカンジナビア諸国はノルウェーが1位であるほかは、皆オランダよりランクが低い。アングロサクソンモデルの中では、アイルランドが5位と健闘し、オランダのレベルを上回っているが、その他の国は皆、オランダよりも下位にある。


(この項続く)